受精 Fertilization

研究概要

哺乳類の受精については近年のノックアウトマウスを用いた研究により、これまで信じられてきた定説が次々と覆され「混沌」とした状況にある(JCI 2010 )。我々の研究室では、ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスを用いて従来の定説にチャレンジすると同時に、最先端のイメージング技術を駆使して受精のメカニズムを個体レベルで記述する新たなドグマの確立を目指している。なお、伊川は東京大学・医科学研究所・生殖システム研究分野も兼任しています。そちらの研究内容等については、こちらからどうぞ。

Ⅰ 精子が卵子に出会うまで

哺乳類では射出された精子(ヒトでは約1-3億)の内、受精の場である卵管膨大部に到達できる精子はせいぜい数百であり、さらに最終的に受精に至るのは1~数匹である(図1)。雌の体内で受精できる精子は選別されているのであろうか?我々は精子の膜タンパク質であるADAM3を失った精子が、子宮と卵管の接合部 (UTJ: utero-tubal junction) を通過できないことを見出し(BOR 2009 )、その選別メカニズムに興味を持って解析を進めている。

【図1】acrEGFPマウスを利用した精子先体反応の観察
           (Exp Anim 2010

  1. A) ミトコンドリアをDsRed2で、先体をEGFPでラベルしたトランスジェニックマウス精子。
    トランスジェニックマウス精子の図
  2. B) 交尾後2時間で観察した子宮と卵管。子宮と卵管内の精子が観察できる。
    交尾後2時間で観察した子宮と卵管・子宮と卵管内の精子が観察できる図

Ⅱ 精子と卵子の相互作用

卵管膨大部に到達した精子が卵子に辿り着くまでには、卵丘細胞層と透明帯を通過しなくてはならない。これまで精子は、透明帯に結合することで先体反応が誘起され、頭部の小胞(先体)から酵素群を放出することで透明帯を溶かして通過すると考えられてきた(図2)。

【図2】受精の図(JCI 2010 より転載)

【図2】受精の図

排卵された直後の卵子は、糖タンパク質からなる細胞外マトリックスである透明帯、さらにその外側をヒアルロン酸で隙間を満たされた卵丘細胞層で覆われている。先体反応した精子のみが透明帯を通過し、速やかに卵子と結合・融合を開始する。

しかし最近、広橋らはacrEGFP精子を用いて、透明帯に結合する前に先体反応した精子が透明帯を通過して受精できることを報告した(PNAS 2011 )。一方、我々が作製したカルメジン (Clgn; CALMEGIN)のノックアウトマウス精子(Nature 1997 )は形態や運動性・卵子との融合能力には異常がないにも関わらず透明帯と結合できないために卵子と受精することができない(図3)。この矛盾する2つの現象はどう説明されるのだろうか?我々は精子と透明帯の結合に生理的な意義があるとする従来の定説を再検証すべく研究を行っている。

【図3】Clgn KOマウスにみられる精子の透明帯結合不全
             (Nature 1997 より転載)

【図3】Clgn KOマウスにみられる精子の透明帯結合不全

野生型マウスの精子は透明帯に結合するのに対し (左)、Clgn KOマウスの精子は透明帯に結合することができない(右)。

ところで透明帯結合不全を示すノックアウトマウスはClgnだけではない。精子のADAM3に異常をきたすノックアウトマウス(Ace, Adam1a, Adam2, Adam3, Calr3, Tpst2)すべてに共通して透明帯結合不全が報告されている。精子のADAM3が作られる過程に、何故これほどまでに多くの因子が必要なのだろうか?また興味深いことに、これらのKOマウス精子は子宮から卵管に移行できないという表現型も同時に併せ持っており、一見異なる2つの現象がどのように制御されているのかについて研究を進めている。

Ⅲ 精子と卵子の融合

透明帯を通過した精子は速やかに卵子と結合して融合する。これまで生化学的な解析から精子ファーティリン(ADAM1B/ADAM2へテロダイマー)や卵子インテグリンが融合因子と考えられていた時期があったが、これらのKOマウスの精子や卵子の融合能に大きな変化は認められなかった。一方、我々は先体反応を終えた精子しか卵子と融合できない事実を基に、先体反応して初めて露出する精子抗原を同定し、縁結びの出雲大社にちなんでIzumoと名付けた。ノックアウトマウスを作製することで、Izumoは精子と卵子の融合に必須の精子側因子として初めて報告することができた(Nature 2005 )(図4)。精子と卵子の融合に必須な因子としては、卵子のCD9(Science 2000 )も宮戸らにより報告されている。しかしこれまでの研究ではIzumoやCD9が直接の融合因子であるデータは得られておらず、真の融合因子を探す努力を続けている。

【図4】Izumo-KO精子に見られる融合不全
     (Nature 2005 より転載)

【図4】Izumo-KO精子に見られる融合不全

Hoechst 33342をプレロードした卵子に融合した野生型マウスの精子核が染色されるのに対し(上図の矢頭)、Izumo1 KOマウスの精子は卵子に融合できないために精子核が染色されない(下)。

一方、近年開発された数々のイメージングは、これまで見えなかった受精の真実を明らかにすることに役立つことが分かってきた(PNAS 2011 )。我々も受精の瞬間を捉えるべく、独自の観察システムを立ち上げている。

研究の詳細については各ラボメンバーのHPにも記載されています。